ピアノ 愛の劇場 2

愛の劇場 2

もし 心があるなら

私はいつでも じっとしています
どっしりと構え 心穏やかに 過ごしたいと思っています
 
いろいろな仲間がおります
まぁ ほとんど 黒いヤツがおおいですけどね
そんな私みたいものは 硬派と呼んでいただきたい
中には 少し艶っぽいワインレッドなんてのもおります
これは 結構おしゃれな方から人気でして 少し妬けます
清純を気取った 真っ白なのもおりますが
仲間や私からは ぶりっ子と呼ばれております
しかし 珍しいのも手伝って よく触られたり 撫でられたり
して 良くよごれた顔をしています
それから そうそう あそこにいる キザなヤツ
木目が特徴でして レトロな感覚が意外と人気なのです
しかし 性格は キザで気取ってますがね
 
もう おわかりでしょうか?
私 ピアノでございます
 
女房と畳は新しい方がいい なんて 世間ではいいますが
ピアノもそりゃ 新しい子は ピカピカで 鏡のようです
古い私なんかと並びますと 少し自慢げに立っていますよ
自分に映る 古い私を 見下げた感じでね
 
でもね 言ってやるんですよ
あんた 今はピカピカだけど お客様がお見えになったら
誰かれ構わず 触られて そのうち 手アカだらけになるんだよってね
 
困った顔をして 不機嫌そうですが 私達は自分では動けませんからね
あちこちから 伸びて触ってくる手をよけることなぞ できません
まだね 大人ならいいんですけど・・ 中にはお菓子を食べた手で
ペタペタ触ってくる お子様がいるんです
正直 脂っこい手の跡が 気になりまして
早く 誰か拭いてくれないかなぁー と思うんですよ
 
お店の人も気にしてはくれてますが 大事なお客様です
じっと 我慢して 何も言いません 我慢 我慢
 
ホラホラ 言ってるそばから 伸びてきた
かわいい 小さな手のひら なんてかわいいんでしょう
あの 赤いウォールナットのところです フフ
かなり 我慢しているみたい こしょこしょもされて  
なんか 可哀想だけど 笑えちゃいますね
 
体を触るより 私の奏でる音を聞いてほしいと 言ってます
自分の音の良さを ちゃんと分かってほしいと お気の毒
 
先ほどから おしゃべりしております私は 新品ではなく
ある家庭から このお店にやってきました
優しくて 音楽が大好きで 特にピアノ そう私を
大切な家族のようにしてくださった あの方のお家におりました
 
私はあの方に選んでいただいたんです
たくさん ピアノが並んでいる その中から
私の鍵盤を優しくたたきながら 
 このピアノは 音が素直でいいわね と
褒めてくださったんです
私はね それを 褒めていただけるのが なにより嬉しいんです
だって 本当に私 無理にキレイな音をだそうとは いたしません
このありのままの 私からあふれ出る 素直な音を
楽しんでいただきたいのです
 
無理をして 自分を飾ろうとすると すぐに飽きられてしまいます
それじゃ ダメです 自然な音で勝負をしないとね
あの方に選んでいただいてから 15年 ずっと私は
愛されてきました 毎日必ず弾いてくださいました
悲しいときも 楽しい時も 怒っているときもです
泣いていた時もありましたよ 何も言わずただ黙って私の前にいました
私まで 悲しくなって 寂しい音になってしまうんですよ
でもね 私と向き合った後には 笑顔を見せてくれるんです
 
あの方はみんなが集まる お部屋に私を置いてくれました
家族の楽しい会話 全部聞いています
おいしそうな匂いも 食事も私 全部見ています
朗らかで 懐の深い 優しさに包まれた素敵な家族でした
あの方が お亡くなりになるまでは
 
事故であの方がいなくなってから 家族はバラバラになりました
みんな仕事に追われ 寝る為だけに 家に戻り
会話もなくなり ギスギスした毎日
おいしい匂いもしない 楽しい会話も無い
いつもは顔が映るぐらい きれいにしていただいていたのに
今は ほこりだらけです 時には 脱いだ服や靴下が置かれて
悲しかったですね
 
誰も私の存在価値を認めてくれなくなり 私の心の音を
聞いてくれる人はいなくなり この家にいる意味をみいだせなくなったころ
私は自分の耳を疑いました
 この ピアノ もう要らないよね 誰もひかないもん
 
愕然としました 悲しくて泣きたくても 一人では泣くことができません
私は誰かの手で 愛を語ります 優しい歌を歌います
悲しみも怒りも 奏者の手によって 表現できるのです
 
この広い部屋の片隅に私はいます いつも家族を見続けてきました
ただ じっと立ち尽くし 誰かを待ち続けるだけの日々
 
とうとう その日々に終わりが訪れます
一本の電話で全てが決まり 私はこの家を出ていくのです 
 
このお店にきてからは しばらくは 茫然としていました
いくら顔や体をキレイにしてもらっても 何か違う
ここには たくさんの仲間がいるけれど 寂しさがこみ上げます
仲間は同じようなことを経験し 慰めてくれるけど
心は ふさぎ込んだままでした
 
でもね 今私は とても不思議な気持ちなのです
目の前にいる この方は 私に触れて 弾いてこうおっしゃったのです
 あら このピアノ 素直な音がするわね 
 私が好きな音だわ きっと以前使っていた人も
 そこがよかったんじゃないかしら
その方の後ろから おちびさんが かわいらしい顔を出しました
とても小さな 本当に小さなお手てが 私に触れました
体が震える この感覚 また命を吹き込まれたような
熱い感情 優しさに満ち溢れた あの方に出会った日と同じ
 
 このピアノにしようかな? うん これがいい!
穏やかな家族の会話 胸にこみ上げる懐かしさ
 
もうすぐ私は この方の家に行くことになりました
もう 私の一生は終わったも当然と思っていたのに 
また ときめくこの思いは 私を元気にしてくれました
もし まだあの家にいたら・・・・
考えるのは止めましょう 
あの方に出会い 素晴らしい時間を過ごすことができたのですから
後悔など してはいけません
 
あの時があるから 今の私がいるのです
あの方に 出会えたから これからがあるのです
 
 
 
 

小さな子供に託された思い

おはようございまーす 
はい おはよう
外に立っていると風は冷たく まだ寒さが身にしみる季節
でも 子供たちは元気よく挨拶をしてくれます
ほほを 真っ赤にして 息を機関車のように吐きながら
私を見つけると 嬉しそうに笑い 走ってくる子供たち
 
あぶないよ ちゃんと下を見て 石につまづかないように
してね ころんじゃうよ
大丈夫だよ おはよう先生 と言って 抱き着いてくる子もいます
 
ここは生徒数が20人にも満たない学校
私はここで音楽を担当しています
冬季は 雪深く 大人の身長よりも高く積もります
初めはびっくりしましたが 3年も経てば慣れてきます
毎日の雪かきは 一苦労ですが どこの家も同じ
むしろ 女性のほうが雪かきをする時間は長いのです
 
今朝も早く学校にきて 運動場の雪かきを終えたばかりです
こんなに寒くても 子供たちは外で遊びますからね
 
元気に走り回る子供たちを 職員室の窓から見ていると
いつも 一人だけ 山の方角を見ながら 立っている女の子がいます
誰だろう?
気になり 上着を羽織りながら 近くに行ってみると
その子は はるちゃん でした
 
はるちゃん は小学3年生 小柄でとてもかわいらしい女の子です
どうしたの? はるちゃん みんなと遊ばないの?
あのね先生 山には神様がいるの? おかあさんはそう言ってたよ
 
そうだよ 山には山神様がいて この山を守っているの
だから おさるさんとか しかさんとか いのししさん 鳥も 虫も
それに たくさんの木 花全部 神様に守られて生きているんだよ
それだけじゃなくて 山の高いところから 下を見下ろして
ここに住んでいる人のことも 守ってくれているの
 
そうなんだ おかあさんも 同じようなこと言ってた
やっぱりそうなんだ だって私 時々声が聞こえるから
 
え? 私は少しとまどいましたが 子供のことですから
動物の鳴き声を何か勘違いしたのだろうと その時は思っていました
そうなの はるちゃん いいこにしてるねー って
褒めてくれてたかな?
ううん! 違うよ 私を呼んでるの おいで おいで って
そして 何か続けて言おうとしたけれど 
チャイムが鳴ったので はるちゃんは教室へ行ってしまいました
 
なんとなく 気になりましたが そのまま後姿を見送りました
 
子供たちは 歌うことが大好きです
算数や国語の授業よりも 音楽の授業のほうが 活き活きしています
音が外れていても関係なく 兎に角大きな声で歌います
音がちゃんと理解できるように みんなにピアノを教えました
ド レ ミ ちゃんと音符を覚えて欲しかったから
その中でも はるちゃんは 優秀でした
一度効いた曲はすぐに弾けるようになります
音感もよく 覚えも早い なにより音を聞き分ける力がありました
 
まだ 薄暗い朝 電話が鳴りました
はるちゃん のおかあさんからで はるちゃんがいなくなったのです
先生何か知りませんか どうしよう どうしたらいいの
すぐに 校長先生に連絡をして 近所のかたの助けもあり
みんなで 探しました 
 
おかあさんは 信じてあげればよかった 本当だったんだ
一緒に行ってほしかったんだ
と ブツブツ言って泣いています
どういうことですか おかあさん!
昨日の夜 はるちゃんは おかあさんにこう言いました
おかあさん 山の神様が私を呼んでいるの
 
何言ってるの 神様は人間とはお話しませんよ
そんなことないよ 本当に私にお話ししてくるの
信じられなかった おかあさんは わかったから
宿題をしてきなさい と 突き放してしまいました
 
部屋に入った はるちゃん はその後 いなくなってしまったのです
それなら 山に違いないと みんなで山の中を探しました
名前を何度も 何度も呼びながら 夕日が落ちて 暗くなるまで
 
何日もの間 警察もご近所のみなさんも探してくれましたが みつかりません
はるちゃん がいなくなってから もう一週間が経ちました
みんな 半ばあきらめかけていた その夜 私は不思議な体験をしました
頭の中だけで 声が聞こえるのです その声は はるちゃんでした
先生 ピアノを弾いてください みんなで歌を歌ってください
大きな声で 元気よく 私にも 山にも聞こえるように
 
次の日 私は子供たちを集め ピアノを弾きました
そして みんなで 元気よく 大きな声で歌いました
音がずれていてもかまいません ただただ元気よく 大きな声で
 
何曲 弾いたのか 何曲歌ったのか 覚えていませんが
教室の窓の外をみていた 子供が大きな声で叫びました
あ! はるちゃんだ!
みんな 声を上げながら 運動場にいくと
土で汚れた服の はるちゃんが 立っていました
何処にいたの どうしてたの ? 
子供たちの矢継ぎ早の質問に はるちゃんは ニコニコするだけ
すると 私の手を引いて 音楽室に行きました
 
そして この一週間の出来事を話してくれたのです
 
はるちゃんは 最近ずっと山からの声を聞いていました
おいでよ おいでよ と呼ばれたけど 怖くて行けなかった
でも 大丈夫 怖くないよ ボクが守るから 来てください
どうしても 伝えたいことがあるのです
はるちゃんは 勇気を出して 山にいくと はるちゃんの足元だけが
明るくて 迷うことなくどんどん 山の上に行けました
すると そこには 一人の男の子がニコニコ笑って待っていました
怖くないだろう? ボクも猿も鳥もみんな 何もしないよ
 
どうして 私を呼んだの?
 
あのね この山はもうすぐ売られてしまうんだ そうしたら
この山は 削られて 家がたくさん建つんだって
悲しそうな顔をして 男の子は話し続けます
この山には たくさんの生き物がすんでいるんだ
たくさんの木もね 花もたくさん咲くんだよ
小さな虫も鳥も たくさんいるのに ここをでていかなけらばならないんだ
みんな 死んでしまうかも そして ボクも消えてしまう
 
人間は勝手だから なんでも自分達の思うようになると思っている
この山だって 人間が作ったわけじゃないのに
勝手に自分の物にして 今度はお金がいるからと 売ってしまう
ここには こんなにたくさんの 命と自然があるというのに
 
そして 無くなってしまうと すぐに忘れてしまうんだ
きっと ここに山があったことなんて みんな忘れてしまう
 
でも もうどうしようもないから せめて みんなにこの山のことを
覚えていてほしいんだ はるちゃん ほら見て
 
はるちゃんは 促されて 周りを見渡しました
そこには たくさんの生き物たちがいました
男の子とはるちゃんを 取り囲むようにして 鳥もリスもみんなが
優しい顔だけれど 悲しそうな眼で はるちゃんを見ていました
はるちゃんは びっくりしましたが みんなが優しい顔をしていたので
ちっとも怖くありませんでした
 
みんなの頭をなでながら はるちゃんは泣きました
ごめんね ごめんね 人間はみんなに ヒドイ ことをするね
本当にごめんね
 
山の時間はきっとゆっくり流れるのでしょう
はるちゃんが山にいたのは その日だけでした
私たちがすごしている こっちの時間は 一週間も経っているのに
男の子は はるちゃんを家に帰すために はるちゃんの声で私にささやいたのです
男の子も大好きな 歌やピアノ その歌とピアノの音に導かれて
はるちゃんは 山を下りてきたのです
 
私達 大人は子供の心を失うと いつの間にか 恐ろしいことを
してしまっているのかもしれません
子供のために自然を残そうとする一方 自然を壊し もともとの住人を追い出し
たくさんの命を犠牲にして 快適な暮らしを得ようとします
残そうとする人 壊そうとする人 何も気づかないうちに壊している人
私はどの人だろう
 
あの男の子は 山の神様だったのでしょうか
はるちゃんだけが知っているのかもしれません
あれから はるちゃんは 山からの声は聞こえないそうです
しかし はるちゃんの目に焼き付いた 山の住人たちの姿は
忘れさられることはないでしょう
 
この春 はるちゃんが描いた絵が日本で 一番の賞をとりました
テレビでも紹介されたあの絵は ずっと残ります
どんな絵なのか 知りたいですか
あの山の四つの顔と 住人たちの優しい顔です
はるちゃんの 心のこもったあの絵は この先いつまでも人々の心に残るでしょう
山の神様 見ていてくれてますか あの絵はあなたの顔ですよ
 
 
 
 

音符拾い

いつもの道 仕事へ行く 買い物に行く
遊びに行く それぞれの道
 
一歩一歩踏み出すたびに 音符を拾いましょう
確かな音ではなくても 微妙な音でも拾いましょう
一つ一つ 音符を拾いましょう
 
公園に散歩
落ち葉を踏みしめながら 音符を拾う
メロディーは後で綴ればいいから
今はただ 音符を拾いましょう
カサカサ 心地よい 音符がたくさん落ちています
いろいろな落ち葉が それぞれの音符を用意しています
 
砂場には どんな音符?
ギシッギシッ と少し重い音符があります
自分で 少し力を変えて もっとたくさんの音符を見つけましょう
 
今度はジョギング
軽く土の地面を蹴って 着地した音符と交互にリズムよく拾いましょう
地面の凸凹で すべて違う音符です
汗を拭きながら でも脚は止めないで 少し荒くなった息の音符も
集めましょう
イヤホンは 自然の音符を拾いませんよ はずしてみましょう
 
そよぐ風の音符も拾いましょう
耳をかすめながら 止まることのない風は 町の香りを運び
遠くを走っている 車の音符も運んできます
もっと 遠くにいる電車の コトンコトン コトンコトン
耳に気持ちの良い とても正確な音符
メロディーは 後で綴ればいいから
今はただ 音符を拾い集めましょう
 
その電車にはいつも乗っています
だから 聞きなれた音符です
隣町まで 買い物に行く時 一人で揺られながら 少しうとうと
どんな出会いがあるのか どんな優しさに出会えるのか
そんなことは考えることはないけれど いつも一人
 
もし 同じ心を持った誰かと 日々の音符が拾えたら・・・
 
願はかなう?
今日素敵な出会いがありました
飛び切りの 優しさをもった 同じ心を持った男性
聞きなれた コトンコトンの音符に 楽しいおしゃべりが加わりました
少し低めの 誰をも包み込んでしまうような 優しい声
街の雑踏の中で 途切れることのない 足音の波
二人のおしゃべりは 街の雑踏に負けることはありません
 
お互いの声を聞き逃すことは無く いつも追いかけている
こんなに楽しい日々があるなんて 私に訪れるなんて
たくさんの季節を いつも一緒に 慈しみあいながら
二人は過ごしていく
ある 暖かな日差しの中で あなたからの告白
 キミが好きです  その一言に涙があふれる
私も あなたが好きです 有難う
 
あなたの目となり ボクは生きていきます 結婚しよう
 
他になんの言葉もいりません
ただ 涙があふれて 有難うしかいえなくて・・
私は きっと 誰よりも幸せ者です
 
二人で音符を拾いましょう
二人だと 音符が二倍になります
いつもの 道だけど 二人でゆっくりと歩くと いつもと違う音符だらけ
右隣から聞こえる音符は しっかりと大地を踏みしめて私を守ってくれる
少し右寄りに頼るように歩くと 肩が触れて体温を感じる
 
四つの季節をめぐり 暖かな愛情をはぐくみ
新しい命を授かりました
不安がない訳ではないけれど 神様から頂いた試練なら
どんなことでも受け入れ 二人で乗り越えていけるでしょう
簡単なことではないとも 承知しています
大きな優しさと 強い絆があれば 大丈夫 大丈夫
 
重くなった体で いつもの道をゆっくり 慎重に歩き音符を拾う
繋がっている 鼓動を感じながら まだ名前の無い命を守りながら
ゆっくり ゆっくり 一歩 一歩
 
今まで広い集めた 音符は 私の中で 鼓動となり 命となり
まだ見ぬわが子へと流れていきます
たくさんの 音符を愛し 音符と生きていくしか無かった人生が
大きな愛に出会い 今小さな命を守る 責任のある人生へと
変わっていきました
 
大切な命 とても大切な命
 
その小さな手のひらは 何かをさがすように宙をさまよい
そっと 差し出した指にすがるように 握り締めてくる
弱弱しくもあり 強くもある 未知の力
声というより 吐息のように発せられる 小さな音符
どうして こんなに愛らしくて いとおしいのでしょう
私はわが子に 瞳で愛を伝えることができない
瞳で 見守り 追いかけることもできない
だから 抱きしめましょう
だれよりも 強く優しく 抱きしめましょう
たくさん 話かけて音符を伝えましょう
この腕で この指で この口で この体で
私はわが子に 愛を 音符を伝えましょう
 
大きな愛は 二人を包み込み 守り続けてくれます
さらに 四つの季節を巡り 小さな足は 初めての一歩を
踏み出しました
 
柔らかな春 咲き誇る桜
甘い香りは いつもの風が運んでくる
遠い電車のコトンコトンが 今日は新鮮な音符
大きな手のひらと 小さな手のひらは ゆっくりゆっくりと進む
 
時折 あふれる笑顔で 言葉にならない声を出しながら
小さな足は 前に進む
 
可愛い 笑顔に触れて 感じるぬくもり
鼻を近づけて 匂い 息を感じ 生きている証に感動する
 
三つの足音から 生まれる音符は ゆっくりと流れ
立ち止まり また進み また立ち止まる
少しつづ 休みながら 進みましょう
これからの 音符はまた新しい 五線譜に貯めておきましょう
 
どこの誰にもできない この三人だけの音符をたくさん集めて
素敵な メロディーにしましょう
少しつかれたなら ほらこの胸でお休みなさいな
この鼓動を聞いて すやすや お休みなさいな
寝息は 神聖な音符 同じリズムを繰り返す
 
さぁ 今来た道をもどり おうちに 帰りましょう
少し重いでしょ? あなた大丈夫ですか?
大丈夫さ まだ 始まったばかりじゃないか
三人の音符拾いは 始まったばかりです
小さくてあまりにも か弱いけれど そっと そっとそっと
優しく抱きしめて キスをしましょう
ほら また 一つ 音符が生まれました
全部あなたの お蔭だね ありがとう あなた
 

心を残す街に

主人の転勤で 引っ越してきました どうぞよろしくお願いいたします
今日は 引っ越しと あいさつで大忙し
毎度のことで 慣れているとはいえ 気を使うし 体も疲れます
 
ですが 主人もそろそろいい年になり おそらくここが最後の転勤地でしょう
また 数年ここで 過ごしたら 実家の近くへ戻り 穏やかに生きて
いこうと 決めていました
ご近所の方とは 浅く狭く・・・・・ まぁ そんな感じです いつもどこでも
素っ気なく思われるでしょうが それぐらいが丁度いいんです
どうせ またここも離れていくんですからね
これでも 別れのときは 辛いものです
 
今回もそんな気持ちでいました
時の挨拶はちゃんとして ゴミ出しも規律は守る
そこそこの 地域で いろいろありますから 慣れるまで大変です
 
バタバタしながらも パート先も見つかり 少しつづ暮らしに馴染んできたころ
夕飯の買い物を済ませ 自転車での帰り道
どこからか なんとも耳心地の良い音楽が
どこかで聞いたようなんだけど 思い出せない
口ずさむこともできるけど 曲名はわからない
音に吊られて どんどん近づいてみると かわいい女の子がピアノを弾いていました
まだ 小学生3年生ぐらいかな
それにしても 上手だわ 立ち止まって聞き惚れていると
大きなガラス戸の向こうで 女の子が私に気づきました
キョトンとした目で 私を見ているので
ごめんね 邪魔してしまったわね あまりにも上手だったから
ずっと聞いてしまったの 
 
女の子は 照れくさそうに ニコッと笑い また弾き始めました
色の白い かわいい子ね 外では遊ばないのかしらね
 
パートの帰り道 またピアノの音が聞こえないかしらと
だんだん楽しみになりました
でもね あの曲 なんだったかしら 絶体聞いたことあるのよ
ねぇ あなた知らない? タンタタタ タタタター タタタータタタタタター
ほら! わからないかしら?
俺がわかる訳ないだろう? それにお前さ 音程めちゃめちゃおかしいぞ
もう! いいわよ あなたに聞いた私がバカだったわ
 
不思議ね あの女の子には 毎日会いたいのよ
今会っておかなきゃ もう会えないんじゃないかと そんな気持ちになるのよ
 
パートがある日は いつも通る道 同じ時間に通る道
あの女の子も 毎日 同じような時間にピアノを弾いている
最近は 顔なじみで ガラス越しのハイタッチ 今日も上手だよ!
ニコッと 笑顔で返してくれた  昨日までは・・・・・・
 
今日はピアノの音がしないわ 風邪でもひいたのかしらね
今日もピアノの音がしないわ お出かけかしら
また 今日も   おかしいわね どうしたのかしら 不安がよぎります
 
勇気をだして 近所の方に声をかけてみると
あの子? あの子はね 体が弱くてね 今入院しているわよ
もともと 体が弱かったんだけど 急に体調を崩してね 救急車で
3日前に 運ばれたの
 
心臓が止まるかと思いました どうしよう どうしよう どうしたらいいんだろう
 
仕事も手につかない まるで自分の子供がどうかしたかのような気持ち
こんなに 他人のことを心配したことなんて 今までなかった
出過ぎたこととは思いながら 病院を訪ねました
看護婦さんに お願いをして お母さんと合うことができました
 
今までのことを すべてお話して 今日のことを謝りました
おかあさんは そうですか? あの子がいつも 嬉しそうに話していた
おばさん って あなたのことだったんですね
いつも ピアノを褒めてくれたこと 毎日 毎日きて 最後まで
聞いてくれてたこと お友達がいないから 毎日来てくれるおばさんと
会うことが すごく楽しみだったこと・・・・・・
笑顔で おかあさんに 話していたそうです
 
おかあさんは 治療費がかかるので 仕事をしていました
だから いつも 練習を見てあげれなくて可哀想だったけれど
おばさんが 毎日聴いてくれたから 一生懸命練習したんだよ
そう 嬉しそうに話していたそうです
 
こんな私が あの子の役に立っていたのね
泣けました 泣けた・・・
 
病院からの帰り道 CD屋さんに行きました
あの曲名が知りたくて どうやって説明したらいいのかわからない
タンタタタター と 大きな声で言いました
他にお客さんがいたけど ちっとも恥ずかしくなんかなかった
店員さんも 最初は 首をかしげて うーーん と言っていましたが
あーー はいはい わかりました わかりましたよ お客様!
これですよ きっとこれです!
と 一枚のCDを探して 持ってきてくれました
 
ショパン 作品第7番 イ長調 
 
有難う すぐに買って 家で聴きました
おとうさん これよ これ あのCMで使われてたあの曲よ!
見つけた 見つけた 私見つけた!
 
次の日 病院のお母さんに CDを届けました
もし よかったら これを 聞かせてあげてください
もう そのころ 女の子はご飯を食べることもできない状態でした
だから 会うことが出来なくて ・・・・ でも 励ましたかった
 
それから 何日か経ったある日 女の子のご両親が訪ねてきました
目を真っ赤に 腫らして・・・
CDを返しにきてくれたのです 毎日聴いていてくれたそうです
私はすべてを悟りました
そのCDは 女の子にあげたのですよ 持たせてあげてくださいな
 
お母さんは そのCDを大事そうに胸に抱き 帰っていきました
 
おとうさん 私 この町が忘れられなくなってしまったわ
心を残すようなことはしたくなかったのに
今までのどの町よりも 辛くて 悲しくて・・・・・
困ったわね 忘れることができなくなってしまったわ
私は 空を見上げ あの子に語りかけるように つぶやきました
 
 
 
 
 
 

与えられた試練 夏の終わりに

8月も終盤に近づき 自分が幼かったころなら
もう少しは涼しくなっているよな気がするなぁ
 
私 子育てを終えて 愛するダンナ様と愛犬と共に暮らす働く主婦
今の仕事に就いて もう20年以上
いろいろなことがありましたが 良き家族にも良き上司にも恵まれ
まだこの先続けられそうです
 
今日も一日仕事を終えて 家に帰ると 同じような時間に帰宅したダンナ様と
愛犬を連れて 散歩に出る
残り少ない夏休みを惜しむかのように 子供たちは外で遊んでいる
最近は異常な暑さのせいで 日中は外で遊べないからだろう
 
夕方といえども 歩いていると じんわりと汗が出てくる
むしろ 未だ突き刺さるような陽射しは痛い
どうしても 愛犬と日陰を選び歩く
 
思わず 暑いな とダンナ様が言う
私は そうだね と心の中で答える 何故ならダンナ様は私のかなり後ろ
どうせ 声を出して そうだね と言っても聞こえはしない
お互い 歳を取ったもんです 耳が遠くなりました
家の中でも お互い はぁ? 何? 今なんて? の応酬
何気なくつぶやいたり 普通の声で話かけても お互い悪気なないのですが
無視をしているかのようなことが 多々あります
 
外なら尚更ですよ!
 
しかし ダンナ様はそんなことはあまり気にしません
良くしゃべります 歩きながら 散歩中でも お構いなし
今日もそうでした
 
何か声が聴こえたようだが はっきりと分からない
セミが どうとか かすかに聴こえただけ
そのまま聴こえないフリで そのまま歩いていても良かった
そのまま知らないフリでいれば良かったのです
今となってみれば そうだったんです
 
娘も嫁ぎ 今や夫婦二人と愛犬の生活
これからは そんな生活がずっと続く訳で
周りからも夫婦仲良くね! なんて言われて そうだよねと思う
でも 言いたいことはちょいちょい 出てくるし
ガマンしてばかりだと 爆発したときが怖いし
でも 仲良くしなきゃね 心は振り子のように揺れている
 
散歩中に そんなことが頭の中を駆け巡り 今まさに今のダンナ様に対する
私の行動はどうあるべきなのか? 考える
 
いつもの歩きなれた散歩道
愛犬も慣れたもので 勝手に自分で進んでいく
時々 変わった臭いに誘われて 違う方向へ曲がろうとするが
お主 どこへ行く! と リードで 正規の散歩道へ誘導してゆく
今日の愛犬は 正規の散歩道を軽快に進んでいく
ダンナ様への態度をどうするべきか 真顔で思案中の私を
先頭をきって 正規の散歩道へと誘導してくれる
 
これじゃ どっちが散歩させてるか わかんないよね
ふと 笑えたとき 私の気持ちが決まった
仕方ないか・・ この幸せを守っていくためには 
ダンナ様の話を少し戻って聴いてあげよう   と
 
愛犬の脚を止めて 私は振り返りました
え? 今 なんて言ったの? セミがどうかした?
 
私としては かなりの譲歩であり 相当大きな優しさを詰め込んだ言葉でした
もちろん 相当に飛び切りの笑顔付きです
 
思った通り ダンナ様は嬉しそうに 笑顔で小走りでやってきました
あのね  もう夏も終わりに近いからセミが少なくなったなぁ と思ってね
それに鳴き声も少なくなったと思わない?
 
なるほど! やはり 大したことではなかった
しかし ダンナ様の場合 これはいつものことで 何気ないことでも
つい口に出てしまうし それを 誰か つまり私にも共有してほしいのです
今 ダンナ様は 私に こう言ってほしいのです
 
本当だね!
 
私にはわかっています ダンナ様の気持ちが手にとるようにわかります
そうでしょ? そうだよね? そうおもうでしょ?
瞳がキラキラしています
私の答えに 選択肢はありません 目の前の愛するダンナ様に出す答えは一つです
 
本当だね !
 
8月の終わりといえど 未だ暑い夕方の散歩道
いつもの熱き慣れた散歩道
どうってことのない 普通の道
その途中で 一人の男が 幸福に満ちた ドヤ顔で
愛犬を連れて立っています
 
良かった! 私の選んだ言葉 選んだ行動は正しかった
正直 私自身も 幸福に満ちていました
あの悪夢のような試練が無ければ
 
その時 道路の真ん中で 見つめ合っている私達の後ろから
1匹のセミが飛んできました
あら? まるで少女マンガのなかのような少女のように
そのセミを キラキラした目で追いかけました
タイムリーすぎるセミの登場に 私達は驚きました
 
私にはそのセミが なんとなく力弱くみえたのですが
先ほどからのダンナ様ろの会話のからみもあり 
セミの寿命は短い きっとこのセミの命もそう長くな無いのだろう
と センチメンタルな気持ちでおりました
 
セミが私の心を知る筈もなく どこかへ行ってしまうと 思いきや
目の前の電信棒に ピタッと止まりました
わぁ 停まったね とダンナ様と顔を見合わせたその時 その時です
私の顔に 霧のような冷たい液体が シャッ とかかりました
 
へっ! 何? 何? 何がかかったの?
??????????????????????????????
 
私は少し パニックとなりましたが 数秒で我に返り
叫びました
おしっこですかーーーーー セミのおしっこですかーーーー?
 
笑いをこらえるダンナ様
今 腹の底から笑えば 家に帰るのが怖い
しかし こみ上げる笑いは 隠しようがなく 頬がヒクヒク
 
ダンナ様の服で 顔を拭こうと近づくと 逃げる 追う 逃げる
ごるゃぁーーーーー 待てーーーー
 
今日も一日 私は仕事を頑張ってきました
いつもの暮らし いつもの平穏な暮らしがどんなに有りがたくて
幸せなことか私は良く知っています
サプライズやブランド物を求めることも無く いつもの暮らしがあれば
それでいいのです
 
今日もそのはずでした
愛犬との散歩が終われば 外に出ることは無く
夕飯を作り 晩酌をして お風呂に入り 一日の汗を流す
こんな幸せのほかに何も望みはしない
 
しかし 今日 自然が私に与えた試練は 偶然なのでしょうか
あの時 ダンナ様の話を 素通りしていたら・・・・・
 
愛とは 耐えること? 愛とは 与える物?
 
散歩の始まりに近い時間で 試練を受けた私は
最後まで愛犬との散歩を完歩し 家に戻ったら
すぐさま 顔を洗ったことはいうまでもありません
 
そして もう二度と近くでセミを見上げることはないと
心にきめたのであります
 
 
 
 

自分に勝つこと

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